2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.537 大切なのは「悔い改めの伴う信仰告白」なのです

早朝

使徒2:38
そこで、ペテロは彼らに言った。「それぞれ罪を赦していただくために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。

賜物として聖霊を受けます

ペンテコステの日、ペテロのメッセージを聞いた人々は心を刺されて言いました。

使徒2:37
人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロと他の使徒たちに、「兄弟たち、私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った。

彼らの心が刺されたのは「神が今や、主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです」と聞かされたからです。

「神の存在」を信じるだけでは救われません。

ヤコブ2:19
あなたは、神は唯一だと信じています。立派なことです。ですが、悪霊どもも信じて、身震いしています。

悪霊どもは、私たちよりも「神の存在」を確信しているでしょう。しかし、悪霊は決して救われません。悪霊どもは「十字架のことば」で心を刺されることはないからです。

必要なのは「悔い改めの伴う信仰告白」です。心から「イエス様は、私の主です」と告白することです。

誰かが「イエス様を信じます」と告白しても、そこに「悔い改めが伴わない」なら「聖霊」は与えられません。

「聖霊」が与えられていないなら「救い」もありません。「聖霊」は、私たちの「救いの証印」なのです。

ペテロは「賜物」として「聖霊」を受けると言いました。

ここで「賜物」と訳されている言葉は「無料で」という意味です。日本語はややこしいですが聖霊の賜物(カリスマ)とは別の言葉です。

それは「無料」で与えられるのです。なぜなら、すでに「イエスの血」という代価が払われているからです。

必要なことは「十字架のことば」によって心を刺され「悔い改める」ことです。そして、イエスの御名によってバプテスマを受けることです。順番に注意してください。「悔い改め」が先です。「悔い改めのないバプテスマ」に意味はありません。

使徒2:39
この約束は、あなたがたに、あなたがたの子どもたちに、そして遠くにいるすべての人々に、すなわち、私たちの神である主が召される人ならだれにでも、与えられているのです。

あなたは「悔い改め」ましたか。あなたの「子どもたち」はどうしょう。あなたの「友人」はどうですか。

これは、とても大切なことです。目をつぶって見過ごすことはできないことなのです。

使徒2:38
そこで、ペテロは彼らに言った。「それぞれ罪を赦していただくために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。

「聖霊」を受けなさい。悔い改めて、イエス様の御名によりバプテスマを受けるならば「誰にでも」与えられます。

「聖霊」とともに生きましょう。「悔い改めを伴う信仰告白」をしたならば、もはや「自分のため」に生きてはなりません。あなたは「神の所有」となったのです。

「聖霊」に満たされましょう。あなたが神の国の義と喜びと平和に満ちあふれるように祈ります。

イエス様の血潮の代価を感謝します
主よ、私は心から悔い改め、あなたに従います
約束の聖霊を与えてくださったことを感謝します