ゼカリヤ3:2
主はサタンに言われた。「サタンよ、主がおまえをとがめる。エルサレムを選んだ主が、おまえをとがめる。この者は、火から取り出された燃えさしではないか。」
主は、サタンをとがめられます
大祭司ヨシュアは汚れた衣服を着て、主の御前に立っていました。
サタンは、そのヨシュアの汚れた衣服について訴えているのです。
「この者は大祭司としてふさわしくないでしょう。こんな汚れた者が大祭司であってよいのでしょうか」
確かにヨシュアの衣服は汚れていました。
イスラエルの民は、捕囚から戻って来ましたが「汚れたまま」でした。彼らは、まだ神殿を再建していませんでした。自分たちの生活で精一杯で、主の宮のことを後回しにしていました。
預言者ゼカリヤの見た「汚れた服を着た大祭司ヨシュア」とは、汚れたままのイスラエルの民を象徴したものでしょう。
サタンは、常に神の民を責め立てているのです。
そして、神の民は、たいていの場合「責められても仕方のない状態」なのです。
しかし、主は、サタンに向かって言われます。
敵は、常にあなたを責め立ててくるでしょう。
そして、あなたには「身に覚え」があるので、その敵の声に同調してしまうのです。
主は、ヨシュアの咎、つまりイスラエルの咎を取り除かれました。そして、きよい礼服を着せてくださったのです。
イエス様は、すでに十字架によって、あなたの罪をすべて取り除かれました。過去の罪も、現在の罪も、未来の罪さえも取り除いてくださったのです。
あなたを「責め立ててくる」その訴えは、役に立たなくなりました。もはや、サタンには、あなたを訴える理由はないのです。
あなたは「キリストを着た」のです。キリストを着ている者を誰が罪に定めることができるでしょう。
イエス様を着ているならば、誰も何も、あなたを責め立てることはできないのです。
サタンは、偽りの父ですから、あなたのことを「キリストを着ていない人」であるかのように責め立ててくるでしょう。
あなたは、そのような偽りに屈服してはなりません。悔い改めた過去を、いつまでも見続ける必要はありません。それは、キリストを脱ぐのと同じことです。せっかくの礼服を脱いで、わざわざ、もとの汚れた服を着る必要はないでしょう。
主が言われるのです。「サタンよ、主がおまえをとがめている」と。
あなたは「キリストを着ていない人」のように振る舞ってはなりません。キリストを脱いではなりません。自分のままで生きるなら、あなたは敵の責め立ててくる声に立ち向かうことはできません。下を向いて、オドオドと日々を過ごすことになるでしょう。
「私は、キリストを着ている。私を責め立てるどんな武器も役には立たない。イエスの御名によって命じる。引き下がれ、サタン」と言いなさい。
イエス様は、完全に罪を取り去られました。
主なる神は、あなたの味方です。
あなたは「キリストを着ている」のです。
大胆に、勇気をもって歩みましょう。
私の汚れは、イエス様にあって取り除かれました
主は、私の味方です
私は、キリスト・イエスを着ています

