マタイ24:4
そこでイエスは彼らに答えられた。「人に惑わされないように気をつけなさい。
それは「真理」対「偽り」の戦いです
弟子たちはイエス様に尋ねました。
弟子たちは「世が終わる時のしるし」について、イエス様に尋ねたのです。
そして、イエス様が、まず最初に言われたのは「惑わされないようにしなさい」という警告でした。
私たちは「しるし」を求めます。「何が起これば終わりなのか」「どのようなことになるのか」を知りたいと思います。
けれど、イエス様は何よりもまず「惑わされないようにしなさい」と言われるのです。
もし私たちが「惑わされている」ならば、神のしるしを追い求めても無駄なことです。すでに「偽りを信じてしまっている」からです。
どうか覚えてください。
「しるし」や「不思議」は、その現われそのものが「真理」である証拠にはならないのです。
私は、預言も癒しも奇跡も信じています。しかし、同時に、偽預言者が出現し、多くの奇跡を行うことも知っています。
私たちは「大きなしるしや不思議」に惑わされないようにしなければなりません。
しかし、それは「疑いの目をもって生きよ」という意味ではありません。吟味は必要ですが、私たちは「人を見たら泥棒と思え」というような生き方をする必要はありません。疑心暗鬼に陥って、誰もかれもが「偽預言者」に見えるなら、それこそ敵の思う壺です。
私たちは「真理」を知りましょう。
私たちは「真理」によって「聖別」されます。つまり、神のものとして「区別」されるのです。
そして「真理」とは「みことば」のことだとイエス様は言われます。
誰かの「ことば」によって、自分の人生を建てあげてはなりません。あなたは「みことば」によって聖別されるべきなのです。
私たちは「みことば」を知りましょう。「みことば」を心に蓄えましょう。「みことば」によって生きましょう。
そうすれば「惑わされる」ことはありません。
これは「霊の戦い」です。
そして「霊の戦い」とは「力と力」の戦いではないことを忘れないでください。
これは「真理と偽り」の戦いです。「強いもの」「不思議を行う者」「奇跡を行う者」が勝つのではありません。
「真理」に立つ者は「偽り」に呑まれることはありません。
「真理」を知るならば、私たちは惑わされません。「真理」に目を留め続けるならば、偽りを見抜くことができるようになります。
「間違い探し」をするよりも「真理のことば」を探求する方が有益でなのです。
私は「いのちのことば」を慕い求めます
主のみことばこそ「真理」です
聖書はすべて神の霊感によるものだと信じます

