詩篇73:28
しかし 私にとって 神のみそばにいることが 幸せです。私は 神である主を私の避け所とし あなたのすべてのみわざを語り告げます。
すべてのみわざを語り告げると言います
アサフは、自分の心が獣のようであったときには「語ること」ができませんでした。
なぜなら、自分の心のうちにあることを語ったならば「つまずき」を起こさせると知っていたからです。
しかし、今は違います。
アサフは「私は、あなたのすべてのみわざを語り告げましょう」と言っているのです。
アサフの中で「何か」が変わったのです。彼は「本当の幸い」を見出したのです。
「幸せ」と訳されている言葉は、「良い」「好ましい」「善いことをする」「楽しくする」などと訳すことができます。実は、1節の「いつくしみ深い」と同じ言葉が使われているのです。
詩篇73篇は「良い」「好ましい」「善いことする」「楽しくする」という言葉で、始まり、終わるのです。
つまり、それこそ、アサフが悟った最も大きなことなのです。
アサフは、主が「よい方」であることを悟りました。そして、その方のみそばにいることこそ「よいこと」であることを悟ったのです。
アサフの心は、天に向けられました。アサフは、聖所に入って「天」に座しておられる方を仰いだのです。
アサフは「天」が「主なる神」で満ちていることを悟りました。そして、そのことに「幸せ」を感じたのです。
アサフは「天」に満ちておられる方が、自分の手を握り、絶えず導いてくださる方であることを悟りました。
それを悟ったとき、地には望むものなど何もないと思ったのです。
アサフは、神との「関係」を悟ったのです。
あなたにとって「主」とは、どのような方でしょう。
アサフにとって、この方は「儀式」や「形式」「宗教」ではなくなりました。実際に「手をつかんでくださる」現実的な存在となったのです。「天」においても「地」においても、この方こそ「現実」となったのです。
ある宣教師が言っていたことを、私はたびたび思い出します。
「天で最もよいのはイエス様なんだよ。イエス様のことを好きじゃない人には、天国はつまらないだろうね」
あなたにとって「主」とは、どのような方でしょう。
あなたの「幸せ」とは何ですか。
あなたが、主が「よい方」であり「好ましい」「善いことする」「楽しくする」方であることを悟ることができますように。
この方は、実際に、現実に、今、あなたと「関係」を築きたいと願っておられます。
この方のみそばにいることこそ「幸せ」であり、「好ましいこと」「善いこと」「楽しいこと」なのです。
主よ、あなたこそ私の幸いです
主のみそばにいることは幸せです
私は、主とともに歩みます

