Ⅱコリント10:5
私たちは様々な議論と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち倒し、また、すべてのはかりごとを取り押さえて、キリストに服従させます。
取り押さえるのは私の役目です
ほとんどの場合、戦いは「思い」の中で行われます。
「要塞」は「思い」の中に築かれるのです。私たちは、自分の「思い」は、自分のものであり、自分で支配できると思っています。
あなたは自分の「思い」をすべてコントロールできているでしょうか。私たちは、知らず知らずのうちに、心の中に「要塞」を築かれているのです。
あなたは「怒り」に悩まされてはいないでしょうか。
「孤独感」に押しつぶされそうになることはありませんか。
将来が異常に心配になったり、急に心細くなったりしませんか。
もうやめようと思うのにやめられないことはないですか。
どんな問題であれ、自分が言いたくないことをいったり、したくないことを行ってしまうならば、あなたの中に「要塞」が築かれているのです。
私たちは、まず自分の中に築かれてしまった要塞を発見しなければなりません。
あなたのうちにある「神の知識」に逆らう思いを発見してください。
神の御言葉に反するものは「すべて捨て去る」のです。
おそらく、あなたは、今まで何度も「謝罪」してきたでしょう。
「主よ、悔い改めます。私は罪を犯しました。赦してください」
私もそのように、何度も何度も「悔い改め」てきました。しかし、また「同じ罪」を犯します。
悔い改めは、もちろん大切な事です。
しかし、みことばをよく読んでください。
パウロは、無慈悲、怒り、怒号などを「捨て去りなさい」と言っているのです。
「捨て去る」とは、それを「不必要だ」と認めることです。
私たちは、悔い改めるだけでなく「捨て去る」必要があるのです。
難しいことではありません。
主に申し上げればよいのです。
「主よ、私には怒りは必要ありません。私は、それをあなたに差し出します。私の怒りは十字架につけられました。それは、私のものではありません。怒りをささげますので、代わりに柔和をください」
孤独感に押しつぶされそうになったなら「孤独は不要です。あなたに孤独を差しだします。主が私の悲しみを負ってくださいました。インマヌエルの愛に満たしてください」と言えばよいのです。
神の知識に逆らう「思い」を取り押さえて、キリストに服従させるのです。
イエス様は十字架で、すべてを解決してくださいました。どうか、あなたに備えられたすべての「善いこと」を無駄にしないでください。
私たちは、現状に甘んじる必要はないのです。
私たちは、みな、キリストに似た者として歩むことができるのです。
私は、思いを捕えてキリストに服従させます
私の中の不必要な思いを捨て去ります
イエス様のくださる善いものを受け取ります

