ルカ7:44
それから彼女の方を向き、シモンに言われた。「この人を見ましたか。私があなたの家に入って来たとき、あなたは足を洗う水をくれなかったが、彼女は涙でわたしの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐってくれました。
足りないものは愛でした
シモンというパリサイ人が、イエス様を食事に招きました。
イエス様は、彼の招きに応じられ、一緒に食卓に着かれました。
シモンは愛想よくふるまい、何の問題もないように見えました。
しかし、ある女性が入って来て、その場の雰囲気は一変します。
彼女は、イエス様の足もとに座り、その御足を涙で濡らしました。髪の毛でぬぐい、口づけし、香油を塗りました。
それを見ていたシモンは心の中で思ったのです。
イエス様は、心の中で、ご自身を「値踏み」しているシモンを見て言われました。
シモンの家には、何もかもがそろっていました。食卓には、ごちそうがたくさん並んでいたでしょう。
どのような意図があったにせよ、シモンは立派に食卓を整えていたはずです。誰から見ても恥ずかしくないように、精一杯の用意をしただろうと思います。
しかし、そこには「愛」が欠けていました。「思いやり」も「礼儀」も欠けていたのです。
愛する兄弟姉妹。
私たちは「何を持って」イエス様と食卓をともにするでしょう。
私たちは「何を持って」礼拝に集うでしょうか。
「立派な会堂」も「良い賛美」も「良いメッセージ」も、すべて揃っているかもしれません。
しかし、そこに「涙」はあるでしょうか。
誰に何と思われようと、ただ「主の御足」のもとにひれ伏す「心」はあるでしょうか。
「罪深い」と呼ばれる女性の行為を、イエス様は「愛」であると認められました。
彼女は「多く愛した」のです。「罪深い」からこそ多く愛したのです。
必要なのは「愛」です。
イエス様への「愛」を持たずに礼拝をささげることはできません。
「愛」をささげましょう。
主は、あなたの「愛」を求めておられるのです。
主よ、涙をもって御前に出ます
主よ、心からの愛をもって礼拝します
あなたの御足のもとにひれ伏します

