Ⅱ列王記7:2
しかし、侍従で、王が頼みにしていた者が、神の人に答えて言った。「たとえ主が天に窓を作られたとしても、そんなことがあるだろうか。」そこで、エリシャは言った。「確かに、あなたは自分の目で見るが、それを食べることはできない。」
ひどい飢饉があったときのことです
それは想像を絶する飢饉でした。
飢饉のうえに、敵が包囲していたので、外から物資を運んでくることもできませんでした。とにかく、食べる物がなかったのです。
そのあたりの詳しいいきさつは「第二列王記6章と7章」を読んでください。
主は、預言者エリシャを通して、この事態を急変させると言われました。
主は「大飢饉」が、一日にしてくつがえされると言われるのです。「明日の今ごろ」には、小麦や大麦を手に入れることができると言われるのです。
しかし、それを聞いた「王の侍従」は言うのです。
王の侍従は、今がどれほど悲惨であるのかをよく知っていました。
誰もかれもが「自分」すら養えない状態なのです。それを「明日の今ごろ」には解決するなんて、そんなこととても信じられなかったのです。
しかし、エリシャは「王の侍従」に言いました。
主は、人の考えもつかない方法で飢饉を解決されました。確かに「天の窓」は開かれたのです。
アラムの陣営は、自分たちの天幕も馬も置き去りにして、逃げ去って行きました。彼らが残していった食料が門から持ち込まれ、エリシャの預言のとおりになったのです。
「王の侍従」に対するエリシャのことばも、そのとおりになりました。
「王の侍従」は「たとえ主が天に窓を作られたとしても、そんなことがあるだろうか」と言いました。
彼は、その最後に「主の御力」を見ました。実際に、天の窓が開かれたのです。しかし、彼は、もたらされた小麦を味わうことができませんでした。
愛する兄弟姉妹
必要なのは「信仰」です。「信仰」がなければ、主を喜ばせることはできません。
そして、「信仰」がなければ「約束の実体」を持つことはできないのです。
「絵にかいた餅」を見つめていても、お腹は満ちません。「信仰」は、絵に描かれた餅を「本物」にします。
私たちは信じましょう。信じて「約束」の成就を見ましょう。見るだけでなく「約束」を味わう者とされましょう。
必要なのは「信仰」なのです。
主よ、私は信じます
あなたの約束を信じます
あなたには不可能なことはないと信じます

