No.467 あなたの恵みで満ち足らせてください。その②

幸せな赤ちゃん

詩篇90:14
朝ごとに あなたの恵みで私たちを満ち足らせてください。私たちのすべての日に喜び歌い 楽しむことができるように。

恵みは、今、ここに注がれています

多くの場合、私たちの「喜び」「たのしみ」は状況に左右されてしまいます。

「ハッピー」だと感じることができれば「喜ぶ」ことができます。けれど「感じる」ことができなければ「喜ぶ」ことはできません。

詩篇90:14
朝ごとに あなたの恵みで私たちを満ち足らせてください。私たちのすべての日に喜び歌い 楽しむことができるように。

「喜び歌い楽しむ」ためには「恵みに満ち足りる」ことが必要なのです。

荒野に毎日「マナ」が降ったように、私たちにも「朝ごとに」恵みが注がれていることを覚えてください。

主の「恵み」はとこしえまで、その「あわれみ」は尽きることがありません。それは「朝ごとに新しい」のです。

愛する兄弟姉妹。

「救い」が「奇跡」であることを忘れないでください。

日々、御言葉が与えられていることが「奇跡」であることを覚えてください。

私たちの神が「恵み深く、恵み豊か」であることを信じてください。

「恵み」が注がれない日など、一日もないのです。

荒野では「マナ」が降りました。イスラエルはマナを食べて「満ち足りる」はずでした。

彼らは、毎日「奇跡」を見ていました。マナは「奇跡そのもの」です。彼らは、日々「奇跡」を味わっていたのです。

しかし、彼らは「満ち足りている」とは感じませんでした。彼らは「不平不満」に満ちて歩き続けました。

私たちは「奇跡」だけでは満ち足りることはできません。

そこに「恵み」があることを知らなければ、決して「満ち足りる」ことはできないのです。

詩篇17:15
しかし私は 義のうちに御顔を仰ぎ見 目覚めるとき 主の姿に満ち足りるでしょう。

私たちは「信仰」によって「満ち足りている」と告白しましょう。

目覚めて、布団から出る前に告白するのです。そう感じなくても告白するのです。

「主よ、私はあなたの御姿に満ち足ります。私は、主の恵みで満ち足りています」と。

告白は、あなたの一日を形作るでしょう。

あなたは「恵みに満ち足りて」歩むことができます。

「恵み」を通して、すべてを見なさい。

そうすれば「普通」のことが「奇跡」だったのだと気がつくでしょう。

「当たり前」だと思っていたことに「主の御手」を見出すでしょう。

そすれば、あなたのうちから「喜び」が流れ出すでしょう。

あなたは「歌」を口ずさみ、「何がそんなに楽しいの?」と聞かれるようになるでしょう。

「喜び」「歌」「楽しみ」はセットです。あなたから、これらのうちの一つも欠けることがありませんように。

主よ、朝ごとに、私たちを恵みで満ち足らせてください。

私は目覚めるとき、主の姿に満ち足ります
私は恵みで満ち足ります
すべての背後に、主の御手を見出します